2025.8.24

おでかけ / 小樽・ニセコ・ルスツ

小樽グルメと絶景の満喫旅!運河沿いのヒストリー歴史建造物で“1億円持ってみる!”

 札幌から車で1時間ほどの小樽市。「日本遺産」に認定されて間もない小樽で、マチの歴史をたどりながらグルメや絶景を満喫できる旅をご紹介します。

 異国情緒あふれる街並みが多くの観光客を惹きつける小樽市。歴史的魅力や特色を通じて文化や伝統を語るストーリーが「日本遺産」として認定されました。
 
 観光のシンボルとなっている小樽運河、周辺の倉庫群が実は、かつて消滅の危機に瀕した歴史があったんです。
 小樽市日本遺産地域プロデューサーの三浦正嗣さんと、日本遺産に認定された背景をひもとく旅に出かけましたよ。
 最初に案内されたのは、小樽運河から歩いて5分ほどのエリア。日本遺産の構成文化財の一つである色内銀行街と呼ばれるエリアです。
 
 三浦さんによると「当時の小樽がどれだけ栄えていたか分かる場所」なのだそう。
 明治以降、石炭が輸送されるようになった小樽港。

 北海道の物流拠点として1923年には小樽運河が完成、商社や銀行も次々と進出し「北海道の心臓」と呼ばれるほど栄えました。

 旧三菱銀行・小樽支店、旧第一銀行・小樽支店、旧北海道拓殖銀行・小樽支店など色内銀行街を中心に、最盛期には25もの銀行があったんですって。
 色内銀行街の日本銀行旧小樽支店を訪ねました。

 「建築費用は、日本銀行の東京本店、大阪支店についで3番目の多額な費用をかけられて建てられたのが、小樽支店だったんです」と三浦さん。
 旧小樽支店は、いまは金融資料館になっています。
 
 銀行員になりきって写真撮影を楽しんだり「1億円の重さ」を体験できるコーナーもあります。
 1億円を持ってみると…簡単には持ち上がらないくらい重たいっ!
 
 皆さんは1億円あったら何に使いますか?
 次に訪れたのは運河沿いに立ち並ぶ旧小樽倉庫群。異国情緒溢れる景色ですが、栄華と衰退の歴史を感じられる場所です。

 三浦さんによると「倉庫群や小樽運河も時代の移り変わりで使われなくなってしまって、運河も埋め立てて道路にする計画もあり、実際に周辺にあった石造の倉庫群も取り壊しが進んでいった」とのこと。
 戦後、エネルギー転換による石炭から石油への移行で、小樽運河はその役割を終えました。

 埋め立て計画も持ちあがる中、街並みを保存しようと市民らが立ち上がり一部保存されて現在の姿になったんです。
 
 その保存活動のひとつが「ポートフェスティバル・イン・オタル」と呼ばれる音楽祭。

 異国情緒あふれる街並みに魅力を感じた小樽の若者たちが企画しました。

 手作りの音楽祭にもかかわらず来場者は2日間で10万人にも上りました。
 旧倉庫群の裏手にある可愛らしい洋食店「洋食屋マンジャーレTAKINAMI」には、市民が保存活動に奮闘した時代に愛された料理の味が、いまに継承されています。
 
 海産物がぎっしりのった「パエリア」です。
 
 ホタテやアサリにエビも!とにかく海産物がたくさんで、見た目にも美しくておいしそう!
 魚介のだしがお米に染み込んで、噛むごとにうまみがどんどん出てきます!
 
 とってもおいしい!
 当時、ポートフェスティバルで人気を集めたのが、巨大な鍋で100人前を一気に炊き上げる「100人パエリア」です。

提供:石と鉄

 こちらが「100人パエリア」で使った巨大な鍋。
 
 洋食屋マンジャーレTAKINAMIの瀧波剛さんは「(ポートフェスティバルが)最後の年は4回炊きました」と話します。

 瀧波さんは100人パエリアを考案したひとりで、いまも店のメイン料理としてパエリアを提供し続けているんです。
 旅の終着地点は、夜景で有名な天狗山。

 天狗山でできる特別な体験が「気球」。
 
 小樽の街並みを一望しに空中散歩へ。どんどん地面が遠くなって、空高く舞い上がります。
 

 
 小樽港を一望できる天狗山からの眺めは、日本遺産の構成文化財にもなっています。市民の思いが紡いだ「小樽という日本遺産」。

 あなたもこの夏、歩いてみませんか?

みんテレ8月5日OAのものです。
(上記の情報は記事作成時点でのものです。
最新の情報は各店舗・施設にお問い合わせください)
 異国情緒あふれる街並みが多くの観光客を惹きつける小樽市。歴史的魅力や特色を通じて文化や伝統を語るストーリーが「日本遺産」として認定されました。
 
 観光のシンボルとなっている小樽運河、周辺の倉庫群が実は、かつて消滅の危機に瀕した歴史があったんです。
 小樽市日本遺産地域プロデューサーの三浦正嗣さんと、日本遺産に認定された背景をひもとく旅に出かけましたよ。
 最初に案内されたのは、小樽運河から歩いて5分ほどのエリア。日本遺産の構成文化財の一つである色内銀行街と呼ばれるエリアです。
 
 三浦さんによると「当時の小樽がどれだけ栄えていたか分かる場所」なのだそう。
 明治以降、石炭が輸送されるようになった小樽港。

 北海道の物流拠点として1923年には小樽運河が完成、商社や銀行も次々と進出し「北海道の心臓」と呼ばれるほど栄えました。

 旧三菱銀行・小樽支店、旧第一銀行・小樽支店、旧北海道拓殖銀行・小樽支店など色内銀行街を中心に、最盛期には25もの銀行があったんですって。
 色内銀行街の日本銀行旧小樽支店を訪ねました。

 「建築費用は、日本銀行の東京本店、大阪支店についで3番目の多額な費用をかけられて建てられたのが、小樽支店だったんです」と三浦さん。
 旧小樽支店は、いまは金融資料館になっています。
 
 銀行員になりきって写真撮影を楽しんだり「1億円の重さ」を体験できるコーナーもあります。
 1億円を持ってみると…簡単には持ち上がらないくらい重たいっ!
 
 皆さんは1億円あったら何に使いますか?
 次に訪れたのは運河沿いに立ち並ぶ旧小樽倉庫群。異国情緒溢れる景色ですが、栄華と衰退の歴史を感じられる場所です。

 三浦さんによると「倉庫群や小樽運河も時代の移り変わりで使われなくなってしまって、運河も埋め立てて道路にする計画もあり、実際に周辺にあった石造の倉庫群も取り壊しが進んでいった」とのこと。
 戦後、エネルギー転換による石炭から石油への移行で、小樽運河はその役割を終えました。

 埋め立て計画も持ちあがる中、街並みを保存しようと市民らが立ち上がり一部保存されて現在の姿になったんです。
 
 その保存活動のひとつが「ポートフェスティバル・イン・オタル」と呼ばれる音楽祭。

 異国情緒あふれる街並みに魅力を感じた小樽の若者たちが企画しました。

 手作りの音楽祭にもかかわらず来場者は2日間で10万人にも上りました。
 旧倉庫群の裏手にある可愛らしい洋食店「洋食屋マンジャーレTAKINAMI」には、市民が保存活動に奮闘した時代に愛された料理の味が、いまに継承されています。
 
 海産物がぎっしりのった「パエリア」です。
 
 ホタテやアサリにエビも!とにかく海産物がたくさんで、見た目にも美しくておいしそう!
 魚介のだしがお米に染み込んで、噛むごとにうまみがどんどん出てきます!
 
 とってもおいしい!

提供:石と鉄

 当時、ポートフェスティバルで人気を集めたのが、巨大な鍋で100人前を一気に炊き上げる「100人パエリア」です。
 こちらが「100人パエリア」で使った巨大な鍋。
 
 洋食屋マンジャーレTAKINAMIの瀧波剛さんは「(ポートフェスティバルが)最後の年は4回炊きました」と話します。

 瀧波さんは100人パエリアを考案したひとりで、いまも店のメイン料理としてパエリアを提供し続けているんです。
 旅の終着地点は、夜景で有名な天狗山。

 天狗山でできる特別な体験が「気球」。
 
 小樽の街並みを一望しに空中散歩へ。どんどん地面が遠くなって、空高く舞い上がります。
 

 
 小樽港を一望できる天狗山からの眺めは、日本遺産の構成文化財にもなっています。市民の思いが紡いだ「小樽という日本遺産」。

 あなたもこの夏、歩いてみませんか?

みんテレ8月5日OAのものです。
(上記の情報は記事作成時点でのものです。
最新の情報は各店舗・施設にお問い合わせください)

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